J三郎次 魚沼 たより 

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魚沼産 コシヒカリ 産直三郎次 
魚沼産 コシヒカリ  産直 三郎次            新潟・北魚沼郡川口町 魚沼川口農産/一覧 (73)


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2010年07月06日(Tue)▲ページの先頭へ
■越後上布・小千谷ちぢみの世界

    魚沼の風土が産み育てた名品

五月には長岡の新潟県立近代美術館で「奈良の古寺と仏像」展が催されていた。
いささかの興味で拝観したのであるが、信仰にも、また仏教美術にも想いの浅い三郎次には、感銘を語ることが出来ない。
今日の日曜は雨だからと、同じ近代美術館に「小千谷縮・越後上布」展に出かけてきた。これはユネスコ無形文化遺産登録記念と謳われていた。
三郎次の日常に織物と関わるような感覚はないのだが、小千谷縮とか上布は魚沼の伝統織物との印象と、幼いとき祖母に聞いた苧うみ≠ネどの話を思い出しての参観である。
やはり奈良の古仏よりも、魚沼の縮上布のことに印象が残ったのは、在方住まいの田舎人のせいかもしれない。

展示会場は撮影禁止となっていたので、残念ながら縮・上布の写真は掲げられないが、会場フロントでは実演が行なわれていたので、何枚かの撮影のお許しを頂きながら、話し込むことも出来た。こんな機会は三郎次には滅多にないであろうからと、ここに掲げよう。
苧麻
縮・上布は麻織物である。元の糸は、苧麻の皮から製するのであるが、苧麻はもともと魚沼の山野にも自生している。ただ今日では、これを見つけて、縮上布の糸の原料となる植物と知る人は少ないようである。写真は川口の大平山の山頂(十八番)で見つけたものである。
しかし野生の苧麻では糸が剛いので、手をかけて栽培したものを利用していた。今日ではその栽培苧は会津の昭和村から取り寄せとのこと。

小千谷縮・越後上布、
 会場での実演のおばあさんは、苧麻の繊維を巧みな手さばきで細い糸にしている。この仕事は苧うみ≠ニいって、話だけは聞いていた。しかし実際に目の前にするのは始めてである。















小千谷縮・越後上布、苧うみ 裂いた糸の先を、一本づつ撚り合わせてつなぐ仕事は、根を詰める手仕事で、一反分の糸を苧うみするのに、3〜6ヶ月かかるとのこと。
実演者は、相応のお年寄りであるが、メガネはかけていない。会場の照明もあまり明るくはなかった。それでもすばやい手先の動きである。
「明かりは大丈夫ですか」と声をかけると、「昔は火辺(いろり)の明かりでもしていたと言うのだがね」と応じながら、手は休まないのである。









小千谷縮・越後上布、苧うみ 目が疲れるともらしていたが、目だけで確めている手さばきに見えず、指先と爪の感じでおぼえた感覚が、巧みな手先の動きとなっているのかと思えたのである。

苧麻の繊維は繊細である。乾くと弱くなるので、口に含んで湿りを与えながら撚り合わせて、糸をつないでいた。














小千谷縮・越後上布、苧うみ こうしてつないだ糸が、かたわらの苧うみ桶に貯まってゆく。だが、このまま機にかけて織るわけにはゆかない。さまざまな複雑な工程をへて糸を整えて織機にかけるわけであるが、三郎次が不思議に思えて合点がゆかないのは、糸染めときにあらかじめ複雑な絣模様を染めていることである。経糸と緯糸を組んで織り上げると、繊細な絣の模様が浮き上がってくる糸染が不思議なのである。







小千谷縮・上布、いざり機 機織の実演者は、まだ織りはじめて10年ですと云っていた。10年という経験がどんなことになるのか、三郎次には分からないのだが、尋ねないままでしまった。
機もまた根気の仕事である。熟練の織り子でも一日に15〜20cmくらいしか織れないとのことで、一反を織るのに2〜3ヶ月間かかると云う。




 






小千谷縮・上布、いざり機、金栄商店 織りはいざり機≠ノかける。いざり機は上の写真のように、足をなげだして、その足首で機を操作する。機にかけられた経糸(たていと)のはしは、左の写真のような腰当てに結ばれている。こうして、織り子は身体の動かしで、経糸の微妙な張りの具合を加減するのだそうである。











小千谷縮・上布、いざり機、金栄商店 足首での操作による経糸の、交互の上下にあわせ、経糸の間を左右にに杼()を移動させると、杼と一緒に緯糸(よこいと)が通ることになる。 
こうして経糸と緯糸が組み合わされて織り上げられてゆくのである。












小千谷縮・上布、いざり機、金栄商店 この辛気くさい手仕事は、糸に先染めされた絣などの繊細な模様を合わせながらの打ち込みであるから、熟練な織り手であっても難しい作業となっている。

 ここでの書き込みは、織物には素人が、わずかな時間での見聞をもとにしている。理解に錯誤があって、記述に誤りがあるなら、ご容赦とともに、お気づきのことはご叱正をお願いしたいことです。







小千谷縮・上布、いざり機、金栄商店 
 今日の見聞で、想いうかべることは幾つかあった。そのひとつに、二十数年前の沖縄に遊んだ時のこと、那覇の空港の背後の小緑の丘陵地で逢った方から聞いた昔のわらべ歌のこと。

   小緑 豊見城 垣の花 
    みむらぬあんぐぁーたーが  ( 三村のお姉たちが )
    すりとーてぃ布織い話     ( 揃って布織り話 )
    綾まみぐなよー        ( 模様を間違うなよー )
    むとぅかんじゅんどー  =@  ( 元がなくなってしまうぞ )
 
琉球王朝時代から、小緑・豊見城・垣の花、この辺は織物が盛んであったとのこと。村のお姉さんたちが寄ると、機織りの話しをしている。
絣の模様織りの糸目のあわせを間違うなよ、間違うと元までもなくなってしまうから大変なんだぞ、と、こんな意味のことであろうか。
ここでも糸の先染めから模様を織り出していたので、模様合わせの難しさが唄になっていたのであった。

日本の絣技術は琉球から北上して各地に広まったと云うことである。各地の絣は木綿織りが中心となっていたが、魚沼のの縮上布の場合は麻織物である。
魚沼の絣の技術も、琉球由来である。十日町市史に関係した研究者の言葉に、日本の各地へ伝播の絣の中では、魚沼への絣の伝来はきわめて早く、南からの順次の北上と云うよりも、一気に伝わったのではないかと示唆していた。沖縄の織物と、魚沼が如何かかわったのかと気になるところである。

魚沼の小千谷縮・越後上布は、昭和30年に国の重要無形文化財の指定を受け、ついで沖縄の宮古上布も、同じ重要無形文化財としての国の指定を受けている。上布の文化財指定はこの二つだけのようである。国の北と南にどのような共通とつながりの立場があって、ともに国の重要無形文化財の指定を受けることになったのかと不思議に思えたのであった。

展示会実演で、苧うみをするおばあさんは、細く裂いた苧糸を口に含んで湿しながらつなぎ目を撚っていた。いざり機の実演も、糸を湿しながら織っていた。麻糸は乾きに弱いからと云うのである。
越後では、雪に降りこまれた冬の湿気の中で、織り上げたのが魚沼の縮上布であり、沖縄では、海に囲まれた暑い夏の湿気の中で、宮古上布を織りあげていたのである。
魚沼と沖縄、冬の寒さと夏の暑さの対極の関係にあって、ともに高い湿度が、麻を織るに有利な環境にあったことになる。

20年前、那覇の空港に下りた時、小緑での布織い話しと、綾まみぐなよー の唄は、むっとする暑さと湿気の感触とともに、「小千谷縮・越後上布」展会場で思い出していた。


 魚沼の風土が育んだ名産   
  < おいしさは魚沼の自然 >   地酒 八海山      魚沼産 コシヒカリ
えちご川口町、魚沼産コシヒカリ・金栄商店

2009年10月17日(Sat)▲ページの先頭へ
★ 板橋の区民まつり、三郎次出展

地酒・八海山と、魚沼産コシヒカリ。

17・18日の板橋区民まつりに、今年も出店参加します。

 → 板橋区民まつり 案内 

三郎次の新潟県川口町のテントは、おまつり広場会場の、東武東上線寄りの「地球環境と交流のひろば」です。板橋区と交流のある各地市町村からの名産品が揃います。
三郎次は、今年新米の魚沼産コシヒカリと、八海山などの新潟地酒を、ご案内します。ぜひ新潟魚沼の川口町テントにおよりください。
ネット見たよ ≠ニ、米・酒コーナの三郎次に声かけ下されば、新潟地酒の試飲サービスいたします。
 

例年出店ではすごい人出で、田舎者にはさすが都会と、驚きでした。
これは以前の出店時の写真です。
人混みで見えないので、カメラを頭上に掲げて撮ると、おみこしのスタンバイがあり、鼓笛隊のパレードがあった。


板橋区民まつり:魚沼産コシヒカリ 産直三郎次

板橋区民まつり:魚沼産コシヒカリ 産直三郎次

多彩な催しが繰り広げられるのだが、自分の持ち場が気がかりで帰ると、三郎次のテント(新潟県川口町のテント)前も人たかりになっていました。
板橋区民まつり:魚沼産コシヒカリ 産直三郎次



三郎次のお米と お酒の展示場は、華やかな存在になれないのでしたが、それでもうれしいのは、いつもの馴染みになった人たちが訪ねて来てくださることでした。
板橋区民まつり:魚沼産コシヒカリ 産直三郎次

川口から上京して都会の人となった人たちが、ふるさとを懐かしんで来てくださるのである。もちろん川口出身者だけではない。新潟県出の人たちから声をかけられると、普段には交流の少ない県北人にも、あるいは富山県境に近い地域の方とも、東京で会うと同郷の親しさとなって話題がはずむ不思議があります。
ましてや、魚沼の出身者から、小出だよとか、十日町の出だなどと声かけられると、たちまち百年の知己になってしまう。

  新潟・魚沼の川口町テントでお待ちいたします。


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新潟県北魚沼郡川口町 越後川口 えちご川口 魚沼産コシヒカリ 温泉 道の駅 やな 簗場


2009年06月27日(Sat)▲ページの先頭へ
★ 魚沼で挑戦 まこも ″ヘ培

マコモは、イネ科の多年草。超ジャンボな巨大稲のような姿になります。若芽がのびて、秋にはマコモの若い茎が肥大化した部分がマコモタケです。タケノコのような食感と、ほのかな甘味が特長です。
中国では高級食材として用いられているそうですが、日本ではまだ出回りが少なく、珍重される食材です。低カロリーで食物繊維が豊富なのでダイエットにお勧めだそうです。
近年、川口町では特産にしようとがんばっている人たちがいます。
えちご川口町、魚沼産コシヒカリ・まこも栽培えちご川口町、魚沼産コシヒカリ・まこも栽培

初夏の陽ざしの中で、 まこも ≠ヘたくましく伸長しました。秋の稲刈りころには、新芽がのびて収穫できます。 ↓ 6月26日 撮影 えちご川口町、魚沼産コシヒカリ・まこも栽培

川口町和南津は10.23新潟中越大地震で、大きな被害を受けた地域です。山が動いて、田んぼが崩れる。もちろん住まいも倒れました。
覚張豊昭さんは、そんな被災の中から立ち上がって、崩れ落ちた田んぼを復し、新たな挑戦として まこも ″ヘ培に挑んでいます。集落の仲間も増えています。

稲作は環境自然とのかかわりが大きいと、覚張さんは減農薬・減化学肥料によるコシヒカリ栽培にも取り組んでいます。魚沼川口農産グループの、 特別栽培米 ≠フ仲間です。自称 特別栽培米 ≠フ減農薬・減化学肥料ではなく、新潟県機関に届け出て、その指導による新潟県の認証米です。

      新潟県認証 特別栽培米

      ⇒ 秋の和南津 まこもまつり


2009年06月25日(Thu)▲ページの先頭へ
天地人、越後魚沼で

あの 天地人 ≠フ時代、越後魚沼の宇賀地や川口の近辺をおおった緊張のながれを、大まかに括ってみよう。

@ 越後の下克上の成立
まず越後守護の上杉房能と関東管領上杉顕定が、守護代の長尾為景に討たれて下克上が成立したのが「永正の乱」で、一国争乱の戦国時代のはじまりとなった。下克上を遂げた長尾為景は、府中にあって戦国大名へと一歩を踏み出すのであるが、その政権は上田と古志にも分立する長尾氏の同調にたよらねばならない不安定があった。
戦国時代の越後には、さまざまな勢力が分立し、反目と和合、離合集散を繰りかえしていたのであるが、魚沼の様相は、上田(六日町)の長尾氏の去就に左右されることが大きかったのである。上田長尾は越後の関東口にあって、関東からの勢力と接触し、春日山との関係は必ずしも穏やかなものではなく、また、魚沼からは山一つをへだて栃尾の古志長尾の勢力との反目があって、魚沼の、とりわけ広瀬谷と宇賀地郷の事情を複雑なことにしていた。
この様子は『 堀之内町史 』編纂にかかわった長谷川勝義さんの一書に詳しい。

A 享禄・天文の乱、府中と上田の対立
府中長尾の不安定な事情を衝くかたちで享禄・天文の乱がおきた。上田と春日山が対立して、下倉山城などの攻防で魚沼が混乱に巻き込まれたのである。やがて春日山と上田の和が講じられて、婚姻関係が成立するなどでこの地域の平穏が復した。ところが天文17年(1,548)、長尾景虎(後に上杉謙信)が栃尾から春日山に移ると、上田の長尾政景はそれに反目して景虎と対立することになって、またも魚沼は両者の攻防の地となり混乱に陥ることになった。
天文20年(1,551)には、景虎自身の出陣を前にして上田の長尾政景は和を乞うて、春日山の景虎に降ることになった。上田が春日山に服すことで、越後国内の平定がみえたのである。

B 御舘の乱、魚沼出自の景勝が越後一国の掌握
天正6年(1,578)の御舘の乱、魚沼が再度混乱の地になるのは、春日山にあって、名実ともに越後国主の地位を築いた上杉謙信が卆したことによる。その跡目を巡って三郎景虎と喜平次景勝が争ったのであるが、景勝は上田長尾から上がって、謙信の養子となったのであるから、魚沼衆はこぞって景勝をに推すかと思えば、事情は単純ではなかった。
この争乱は、翌年に対立者の景虎の自害だけで収束とはならず、天正8年にも下倉山城や根小屋などでの攻防がつづいた。

C 上杉移封と越後一揆、中世魚沼の終焉
上杉を継いだ景勝が越後一国を掌握したあと、天下の情勢がおおきく動いて、景勝は豊臣秀吉に臣従することになる。そして慶長3年、秀吉によって会津移封を命じられて越後を離れる。このとき魚沼出自の多くの将士が景勝にしたがって在地魚沼を離れ、会津に移った。
慶長5年には、徳川家康が会津の上杉景勝征討の軍を起こし、また関西では石田三成の挙兵があると、会津上杉方の直江兼続によって、遺領越後での一揆が計られる。関ヶ原合戦をひかえての一揆騒動で、下倉山城攻めが大きな争乱となって、魚沼での混乱が広がった。

魚沼の戦国時代を大まかにとしながら、ブログの記述としてはずいぶんとくどくどしくなった。このような書き込みは三郎次の本意でないのに、分に過ぎたことにもふれてしまい、錯誤もあろうか。




八海山純米吟醸 ↓ 

吉乃川 六段うめ酒 ↓

吉乃川 吟醸ゆず酒 ↓



2009年06月22日(Mon)▲ページの先頭へ
田んぼの溝きり



http://6815.teacup.com/sab/shop

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魚沼コシヒカリ

魚沼コシヒカリ・jp

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魚沼コシヒカリ.jp

2009年06月01日(Mon)▲ページの先頭へ
★三国街道 中山村 番所高札

 三郎次の在所 
    越後 魚沼郡中山村 番所高札    元禄四年


                     (写真クリックで拡大

三郎次の在所は、かって江戸時代には、越後国魚沼郡中山村でした。
江戸と越後を結ぶ関東往還の三国街道に沿う村です。
いま三郎次の店の前から見下ろせる魚野川の舟渡し場は、三国往還の最大の渡船場として難場でした。魚野川出水のつど、川止めになり、多くの往来の人々が難渋していたことになります。
またこの街道は、参勤交替の大名の往還街道であったことで、七万石の大名長岡藩お殿さまお通りには二百人を越す行列が、ここの舟渡しで魚野川を越す難渋の渡りが、口伝に語られてきました。
明治と時代が替わると、渡船場には橋が架かります。今日の国道十七号線和南津橋はそれを引継いでいるのです。

中山村は、古志郡二十村郷(山古志)に隣接して、三国街道からの分岐道が通じていました。
魚沼郡の中山村は高田藩・幕府天領・会津藩などに属して推移し、山古志二十村は長岡藩領で支配違いでした。三国街道からの分岐道で、他藩領に抜ける往来の人々と荷物を取締まる口留番所が、中山村におかれていたのです。

取締まりの対象は女、手負いの人、鶴や白鳥、蝋もの、米など、そして怪しげな人などの往来の制止だったわけです。この高札は中山村の口留番所の取締まりを示した元禄四年(1691年)の定めです。

今日でもこの中山の地域は交通の要衝であって、国道十七号、関越自動車道、鉄道上越線、上越新幹線とする近代交通の基幹が交錯する立地となっています。

( ここでの記述は、今日一般に用いられている 「 三国街道 」 としましたが、江戸時代の古記録では、その記載を見ていません。「 三国通り 」 のようです。 )


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新潟県北魚沼郡川口町 越後川口 えちご川口 魚沼産コシヒカリ 温泉 道の駅 やな 簗場


2008年11月29日(Sat)▲ページの先頭へ
★新潟の食、上野公園に  川口町


魚沼産コシヒカリ

八海山 地酒

      11月29日( 土曜 ) 12 時〜17 時
      11月30日( 日曜 ) 11 時〜17 時
   
   東京都 上野公園 噴水前広場

  秋の
   えちご中越・佐渡  げんき市
新潟県 中越・佐渡 観光物産展 : 川口町
催し案内 ⇒ 上野・浅草 ガイドネット 

三郎次出展 えちご魚沼・川口を おとどけします。

 ←クリック

実出展では、一部商品に変更の場合があります

2008年09月17日(Wed)▲ページの先頭へ
栗の実と、コシヒカリ

新潟・魚沼では、コシヒカリの稲刈りです。
毎年、この時期になると気になるのは、山の栗の実です。

子どものころ( 60年昔 )魚沼の山に遊んで、栗拾いだけでなく、木に登っての栗とりに夢中になたことを思い出します。


山栗の実は小さい。それでも子どもたちは、学校から帰ると、われ先勝ちにと山に登りました。




稲刈りの時期がおわると、山栗の季節もおわりでした。
近年のコシヒカリの刈り取りは早めになっているので、今が時期の山栗もあります。
実のやや大きめの栗は、熟すのも少し後れ気味のようです。


家の庭の里栗は、実が大きいのでまだ青く、稲刈りの終わってからの栗とりになります。

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2007年12月22日(Sat)▲ページの先頭へ
お正月の祝い酒

春夏秋冬、めぐる季節の中で ひと年がすぎます。

お正月をひかえたこの時期、寒さがましています。
間もなくお正月、今日はその正月酒のご案内です。

私たちには、お正月はとくべつの日です。たんに いち年のく切りのときであるだけでなく、とし が改まることに、万物の、引きつぐ命の再生を感じていました。
魚沼では、お正月のトシ神さまは、稲の神さまの象徴でした。
それは、稲コメが大切な食べ物ということだけでなく、稲は、迎える春ごとにくり返す あらたな芽生で、うけ継ぐ命の再生の象徴と受けとめていたからです。

お正月酒に選んだのは、お米のいのちと 旨みが活かされている純米酒です。
信濃川の中流域に添う小千谷から川口、そして岩沢から十日町周辺の魚沼地域では、お目出度い場では、古謡の「天神ばやし」を唱和していました。
  
その古謡の めでた歌にちなんだお酒、純米酒 「 天神囃子 」 を、正月酒として選びました。

  めでたいコレー の
           お台所
     ヤー お台所には 
   お竈(かま)の七つ八つ
    うしろには
    蔵がヤー ここのつ

魚沼地域の祝い歌として、目出度い場席では 声をはり上げての、大勢での唱和です。
お正月の春駒や、大黒歌のようにして、魚沼地域に広まった めでた歌かも知れません。
謡い込まれる歌詞や、節まわしには 地域や、その場による雰囲気で異同がありますが、それだけに古謡としてのおもむきが感じられます。中世から引きついだ魚沼の伝統歌謡にちがいありません。

ところでお酒のこと、純米酒は文字通りの 米と米麹に水だけを原材料とするお酒で、味わいは芳醇です。日本酒度はやや低めタイプでしょう。原料米を磨いた新潟の純米酒は、米からくるきめ細かい旨みと、後味の軽さが勝っているでしょう。
良い純米酒は、冷でおいしくいただけますが、この季節には、ほどよいぬる燗ですと、かくれている、お米の豊かな味わいを引き立てて、さらに楽みの増すことが期待されます。



          通販ご案内    

2007年12月11日(Tue)▲ページの先頭へ
えちご川口、ふるさと便 発送しました

12月10日

えちご川口 友の会 ふるさと便
 発送の日でした。
師走便は、えちごの 美味いもの、どっさり便です。
自慢の逸品を用意して、朝早くにセンターに集まる。


杵つきの切り餅、野沢菜漬け、えのき茸、古酒と酒粕、塩炒りの田舎豆、そして < 三郎次のコシヒカリ > です。

コシヒカリ特別栽培の新米です。
農薬と、化学肥料の使用を半分以下に抑えることで、環境にやさしい栽培です。
お米は、命を養うもの、その命にとってより安全で、安心な米作りを目ざして取組んだのが
減農薬 特別栽培米 です。


国・県の基準に沿って正しく栽培されていることが確かめられて、新潟県認証 特別栽培米 となります。

⇒ コメント 特別栽培米の説明
⇒ 特別栽培米 産直通販      


今日の師走便、この一年のありがとうに、魚沼川口農産・三郎次 はささやかな気持ちの「 雪国あま酒 」 をプレゼントでおとどけしました。
素朴な味わいの あま酒 は、ふるさとへの郷愁です。



 今日の ふるさと発送 参加者
      えちご川口農業振興公社    JA川口町
      越後川口物産           龍昇堂
      魚沼川口農産・金栄商店 (三郎次) 
        
              事務局 : 川口町役場 企画商工課



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